小渋ダムは、その建設の経緯や、採用されたダム形式に非常に特徴があります。

小渋ダムは、天竜川水系の治水、特に洪水調節と土砂対策を主目的として計画・建設された多目的ダムです。


📅 建設に至る背景(三六災害)

小渋ダム建設の最大のきっかけとなったのは、昭和期に天竜川流域で繰り返し発生した水害、特に**「三六災害」**と呼ばれる大水害です。

  • 天竜川の状況: 天竜川は「暴れ天竜」の異名を持つ中部最大の急流河川で、特にその支流である小渋川は南アルプスの赤石岳を水源とし、大量の土砂を天竜川に流し込んでいました。この土砂が河川の流下能力を阻害し、下流域の水害の大きな原因となっていました。
  • 三六災害(1961年/昭和36年6月): この年の梅雨前線豪雨により、天竜川が伊那盆地で大規模な氾濫を起こし、飯田市などで甚大な被害が発生しました。
  • 対策の必要性: この大災害を教訓として、建設省(現・国土交通省)は、水害の最大の要因である小渋川の治水を図るため、多目的ダム(小渋ダム)を建設する計画を立案しました。

🏗️ 建設と完成

  • 計画・着工:
    • 1961年(昭和36年):三六災害を受けて小渋川総合開発事業の一環として建設が開始されました。
    • 1963年(昭和38年):着工。
  • 完成:
    • **1969年(昭和44年)**に完成しました。

✨ ダムの主な目的

小渋ダムは以下の役割を担う多目的ダムとして建設されました。

  1. 洪水調節・治水: 天竜川下流の洪水被害を軽減するための洪水調節。
  2. 不特定利水: 渇水時の河川維持用水の確保など。
  3. かんがい用水: 下伊那郡竜東上段地域の農地への農業用水の供給。
  4. 水力発電: 長野県企業局による水力発電。

小渋ダムは、日本の治水史において重要な役割を果たしつつ、現在も堆砂という課題に最前線の技術で向き合っているダムと言えます。

1. 小渋ダムの主な特徴

  • 型式:アーチ式コンクリートダム
    • アーチ式は、水の圧力を両側の岩盤に分散させて受け止めるため、少ないコンクリート量で高い堤体(ダム本体)を築くことができます。小渋川のような深く切り立ったV字谷に適しています。
  • 目的:多目的ダム
    • 洪水調節: 大西山崩壊の原因となった小渋川からの土砂流出を抑制し、天竜川下流の治水に大きく貢献しています。
    • 発電: 東京電力の発電用ダムとして、水力発電を行っています。
    • かんがい: 下流の農地へ農業用水を供給しています。
  • 竣工年: 1969年(昭和44年)
  • 堤高(高さ): 105メートル

🌊 その後の課題と対策(堆砂対策)

完成後、小渋ダムは洪水調節に寄与してきましたが、上流からの土砂流入の激しさが深刻な問題となりました。ダム湖(小渋湖)への堆砂が予測を上回るペースで進行し、このままではダム機能が失われる恐れが出てきました。

  • 排砂バイパストンネルの建設: ダム機能の維持と延命を図るため、流入する土砂の一部を貯水池を経由させずに下流へ流すための排砂バイパストンネルが計画され、運用されています。これは、小渋ダムにおける土砂との闘いの歴史を象徴する、現代の重要な技術対策となっています。

小渋ダムについて、さらに興味深いプラスアルファの情報をいくつかご紹介します。特にその構造的な特徴と、土砂対策に関する話は、日本のダムの中でもユニークです。

➕ 小渋ダムのプラスアルファ情報

1. 🏗️ 構造上のユニークな特徴(三軸アーチ式)

小渋ダムはアーチ式コンクリートダムですが、その構造には非常に珍しい工夫が凝らされています。

  • 三軸アーチ式(複数の中心線を持つ): 通常のアーチダムは一つの中心軸で構成されますが、小渋ダムは水の圧力を効率よく分散させるため、アーチが3つの異なる軸(中心線)で構成されています。これにより、深く狭いV字谷の地形に合わせつつ、高い安定性を保っています。
  • 薄い堤体: この三軸アーチ構造の採用などにより、他のアーチ式ダムと比較して堤体の厚みが薄いという特徴があります。にもかかわらず、完成後の調査では漏水量が非常に少ないことが確認されており、当時の高い施工技術がうかがえます。

2. 🪨 日本のダム史を語る「土砂対策」の最前線

小渋ダムは、大西山崩壊で大量の土砂が流入した歴史を持つため、土砂の堆積を防ぐ対策が非常に重要かつ先進的です。

  • 土砂バイパス施設(砂礫バイパス)の導入: ダム上流から流れ込んでくる土砂(砂や礫)を、貯水池を経由させずに下流へ流すための施設です。これはダムの貯水容量減少を防ぎ、ダムの寿命を延ばすための重要な取り組みです。
    • 特に大きな出水(増水)時には、この施設を運用することで、大量の土砂がダム湖に溜まるのを抑制できた実績が報告されています。
  • 水位設定の細分化: 小渋ダムの管理水位には、特有の制限水位が設定されています。
    • 「梅雨期制限水位」と「台風期制限水位」 このように季節によって異なる制限水位を設けることで、洪水調節の安全性を高める工夫がなされています。

3. 📅 災害と完成時期

  • 大西山崩壊(三六災害):1961年(昭和36年)
  • 小渋ダム竣工:1969年(昭和44年) 大西山崩壊という大災害の発生から、わずか8年後という比較的短期間でこの難工事を伴う大規模なダムが完成しており、当時の治水に対する緊急性と、それを実現した建設技術の高さがわかります。

小渋ダムは、治水と地質的な課題が深く関わる、日本のダム史において非常に重要な位置づけにあるダムと言えます。

⛰️大西山崩壊と小渋ダムの関係

大西山崩壊(1961年/昭和36年)は、小渋川流域の荒廃の象徴となり、下流の治水問題の深刻さを決定的にしました。

  • 崩壊の影響: 大西山の崩壊により、大量の土砂や岩石が小渋川に流れ込み、一時的に川をせき止め(天然ダム)、その後の決壊で山津波が発生し、下流に甚大な被害をもたらしました。
  • 小渋川の特徴: 小渋川は、もともと南アルプスからの土砂の流入が多く、「最も荒れ川」とされていました。この大量の土砂が天竜川へ流れ込むことで、下流域の治水能力が阻害され、水害の原因となっていました。

小渋ダムは、洪水調節かんがい(農業用水)、発電を目的とした多目的ダムですが、特に小渋川からの土砂流出を抑制し、天竜川本流の治水を図るという役割が重要視されていました。


🌍中央構造線博物館について

中央構造線博物館は、長野県下伊那郡大鹿村にある、日本最大の断層である**中央構造線(Median Tectonic Line: MTL)**をテーマにした専門博物館です。

1. 🔍 展示内容の主な特徴

  • 中央構造線: 中央構造線は、日本の西南日本を内帯(ユーラシアプレート側)と外帯(フィリピン海プレート側)に二分する巨大な断層です。博物館では、この断層がどのようにして生まれ、どのような地質構造を作り出しているのかを、岩石の標本ジオラマ映像などで分かりやすく展示しています。
    • 大西山崩壊の原因の一つとされる、中央構造線沿いの**破砕された岩石(マイロナイト)**についても詳しく学ぶことができます。
  • 大鹿村の地質: 大鹿村は、中央構造線が地表に露出している非常に貴重な場所であり、村内の**露頭(地層が見える場所)**や、崩壊した大西山の岩石についても解説しています。
  • 生態系: 大鹿村の豊かな自然、特に中央構造線が作り出した地形や地質が、どのように地域の植物や動物の生態系に影響を与えているかも紹介されています。

2. 📍 アクセス

  • 所在地: 長野県下伊那郡大鹿村大河原下青木
  • 車でのアクセス: 中央自動車道 松川ICから約40分程度です。
  • 公共交通機関: JR飯田線 伊那大島駅から路線バス(大鹿線)を利用し、「小学校前」バス停下車(バスの運行には注意が必要です)。

大西山崩壊礫保存園のすぐ近くにあり、災害を引き起こした地質的な背景を深く理解するのに最適な施設です。